北スペイン・信州そば&日本の食祭り紀行

信州そばをスペインで種から栽培し、収穫&蕎麦打ちを伝承することについての記録

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北スペイン・信州そば紀行

前編 2007年7月5日~7月11日

後編 2007年10月9日~10月16日

aicon何故スペインで信州蕎麦?aicon大いなる反響
aicon何故スペインで蕎麦の栽培?aicon再びスペインへ
aiconいざスペインへaiconオリア農林水産大臣との面談
aiconホームステイの始まりaicon脱穀作業、必要は発明の母

aiconカンタブリア州知事との面談

aiconついにゲット! スペイン初の信州蕎麦粉
aicon歴史的快挙!スペイン初の信州ソバの種まきaicon「一つの花フェスティバル」前夜祭始まる
aiconスペイン初のそば打ち実演披露aicon日・西合作特別メニューのデビュー
aiconついに来た! ガウディのカプリッチョ aicon日本人ツアーご一行様の御成り~!
aiconどこでも大歓迎! 何とSOBAでソバ?aiconスペイン初!「信州そば&日本の食祭り」
aicon 帰国の途に 芽が出た!aiconSOBA村史に残る! 日本人大訪問団
aicon最後にaicon最後に
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  1. 2007/07/03(火) 15:39:57|
  2. 北スペイン・信州そば紀行MENU
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何故スペインで信州蕎麦?

誰からも尋ねられることだ。ことの発端は昨年10月に10数年来の私の友人でプロのギタリスト明石現、綾夫妻が玉之湯でのコンサートに出演するために宿泊したことから始まった。「スペイン語が話せて、そば打ちができるのは日本中探しても山崎さんしかいないのではないか?来年10月にスペインで日本とスペインの文化交流事業のフェスティバルがあり自分たちもプロデューサー兼出演者として参加するが、是非一緒に行ってスペインでそばを打ってもらえないだろうか?」の誘いの言葉に、「これはまさに天の声だ。」と勝手に思いこんでしまったのだ。大学でスペイン語を専攻し、同じスペイン語圏のメキシコに1年留学し、浅間温泉のまちづくりの一環で始めたそば打ちが高じて、今では旅館で毎日手打ち蕎麦を提供するようになった私にとってこれは宿命以外の何ものでもない。行って下さいとは言え、費用はほとんど全てボランティアである。でも損か得かなど関係ない。しかも蕎麦打ちの実演会場はあの天才建築家アントニオ・ガウディが設計し、今は高級レストランとなっているエル・カプリッチョ・デ・ガウディだ。こんな機会は求めたって来やしない。これはもう行くしかない。こんな話を自分も会員である信州そばアカデミーの赤羽代表にしたら、これは夢があって面白いと他にもう2名斉藤、竹節の両氏も勧誘し、結果合計4名の信州そばアカデミー会員が10月にスペインで開催される「一つの花フェスティバル」の実行委員となった。

  1. 2007/07/04(水) 22:22:22|
  2. 【前編】何故スペインで信州蕎麦?
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何故スペインで蕎麦の栽培?

 文化交流って何? スペインへ行った。フェスティバルで蕎麦を打った。帰ってきた。で何が残った?確かに事実と思い出は残るだろう。でもわざわざ地球の裏側まで行ってその時だけの交流が本当に交流と言えるのだろうか? 良き思い出と共に残せるもの、そして継続できることをやろう!「一つの花フェスティバル」の「一つの花」とは日本の小学4年生の国語の教科書に出てくる児童文学者今西祐行氏の作品に由来するもので、戦争と平和について穏やかに語りかける内容である。日本とスペインの文化交流事業の理念に明日を担う子供たちの世代の世界の平和を掲げよう、その象徴に「一つの花」を冠しようということでつけられたものだ。一方スペイン側の実行委員会プロデューサーは在スペイン40年でエル・カプリッチョの支配人をされている山内政子さんという日本女性で、EU加盟後牧畜が低迷し放置されているカンタブリア州の牧場、農場を日本のそばで活性化できないだろうかという夢を長年抱き続けていたとのこと。こうしていろいろな人の思いが一つの方向にまとまり、この「一つの花」のシンボルとして信州そばの種をスペイン最北部のカンタブリア州の大地に蒔いて白い花を咲かせようということになったのだ。


  1. 2007/07/04(水) 22:24:28|
  2. 何故スペインで蕎麦の栽培?
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いざスペインへ

 スペイン政府から20kgの蕎麦の種の輸入許可も下り、 のし台、こね鉢、そば切り包丁からはじまって蕎麦打ち道具一式、実演・試食用そば粉10kg、だし醤油4?など蕎麦関連だけで80kgを超える荷物とともに、7月5日午前10時中部国際空港発のエアーフランス機にてパリ経由スペイン・ビルバオへと向かった。約17時間の旅を終え到着したビルバオ空港では、荷物を受け取り防疫検査所を探してキョロキョロしていたらこちらに来いと係官が手招きするので、言うとおりに進み自動ドアを一枚過ぎたら何と空港の外に出てしまった。せっかく苦労して取得した蕎麦の種の輸入許可書、日本での防疫検査済み証を提示することもなくあっけなく関所をパス。まあーいいか!俺たちのせいじゃない。スペインが甘すぎるのだ。我々を出迎えてくれた山内女史とフェスティバルのスペイン側実行委員会の有力者のナッチョさんも輸入許可証があるのだから大丈夫と言われるので、そのまま車中の人となった。

  1. 2007/07/05(木) 22:26:16|
  2. いざスペインへ
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ホームステイの始まり

 空港を出たのが現地時間夜、いや昼の8時半。日本の午後4時頃の感じだ。そして10時に我々4名がこの度お世話になるサンタンデール市内のマリーサ・マルティンさんの家に到着。この時点でもまだ空は明るい。ここで待っていてくれたのはスペインでの「一つの花フェスティバル」に先駆けてこの4月に日本各地でコンサートツアーを行い、まつもと市民芸術館ですばらしいギター演奏を聴かせてくれたハビエル・カンドゥエラ夫妻だ。そして直ぐにそれぞれの部屋に落ち着くや、それから夕食。                       10時半、まだ明るい。広告・イベント会社を経営するナッチョさんの奥さん、会社の女子社員らも加わり10数名での夕食(宴会?)はとても楽しい雰囲気で1時まで続いた。この家の主人のマリーサさんは10年位前と今年の3月に日本に行かれたばかりで、大の親日家だ。我々がこちらにそばの種まきにやって来るというニュースが新聞に出たときに「自分は3年前に主人を交通事故で亡くしなくし、子供たちも独立し一人切りで居る。家も広く、畑も、耕作する人もいるので是非宿舎に使って欲しい。」と申し出られたのだそうだ。とても気さくで心のバリケードのない方で、6日間お世話になったが、まるで自分の家のように自由に使わせていただいた。これも運であり人の縁である。いい人、いい家に当たった。
ホームステイ

  1. 2007/07/05(木) 22:29:58|
  2. ホームステイの始まり
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プロフィール

山崎良弘

Author:山崎良弘



カンタブリア州:人口50万人
州都:サンタンデール 人口20万人

参加者

山崎良弘(ホテル玉之湯 社長)
赤羽章司(松本歯科大 電子顕微鏡技師、第10代そば打ち名人)
斉藤彰久(斉藤農園 社長)
竹節寛人(志賀高原・ホテル大六 会長)

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